【当時の年齢】高橋是清の生涯
2024年07月28日
1854年9月19日
誕生
幕府御用絵師・川村庄右衛門ときんの子として誕生。
10年
1864年
ヘボン塾に入学
10歳
後の明治学院。英語を学んだ。
2年10ヶ月
1867年7月
留学(奴隷労働)
12歳
オークランドで奴隷労働しながら勉強(奴隷の身分で身売りされてしまった)。本人は奴隷だと気付いておらず、きつい勉強だと思っていたとのこと。
江戸幕府崩壊
1年5ヶ月
1868年12月
帰国
15歳
領事立ち会いのもと話し合った結果、奴隷契約破棄の採決を下して貰い、帰国の途についた。
4年7ヶ月
1873年7月
文部省に入省
18歳
5年
1878年
共立学校(のちの開成)初代校長に就任
23歳
廃校寸前にあった共立学校を大学予備門への進学者のための寄宿制の進学予備校として改革。
教え子には俳人の正岡子規などがいた。
6年
1884年6月9日
農商務省・商標登録所の初代所長に就任
29歳
商標条例の公布に伴い、農商務省工務局に商標登録所を設置。翌年の1885年3月21日には専売特許条例の公布に伴い、農商務省工務局に専売特許所を設置(いずれの初代所長も兼任していた)。
3年6ヶ月18日
1887年12月27日
特許局の初代局長に就任
33歳
商標登録所と専売特許所が統合した専売特許局は外局となり、特許局に名称変更。
日本の特許制度を整えた。
1年11ヶ月
1889年11月
ペルーで銀鉱事業を行うため出航→失敗
35歳
1890年1月に到着し、3月には廃坑であることが分かったため、4月に帰国の途に就いた。
2年7ヶ月
1892年6月
日本銀行に入行
37歳
ペルーからの帰国後は一時ホームレスになっていた。
19年
1911年6月
日銀総裁に就任
56歳
1年8ヶ月
1913年2月
立憲政友会に入党・大蔵大臣に就任
58歳
第一次山本権兵衛内閣にて。
以降、各内閣で6度も大蔵大臣に就任した。高橋財政と呼ばれる積極的な財政政策が特徴。
8年9ヶ月
1921年11月13日
内閣総理大臣に就任
67歳
第20代内閣総理大臣。
総辞職は、就任の6ヶ月29日後、1922年6月12日。
13年14日
1934年11月27日
6度目の大蔵大臣に就任
80歳
岡田啓介内閣時。
1年2ヶ月30日